2020-12-25
最近たどり着いた一つの解
親の仕事は、
おや?っと気づくこと
それ以上でも以下でもないこと。
ダジャレだけど、きっとそう。
だから、可能な限り研ぎ澄まそうと思って。
おや?っとする感覚を。
with words, as discourse
2020-12-25
最近たどり着いた一つの解
親の仕事は、
おや?っと気づくこと
それ以上でも以下でもないこと。
ダジャレだけど、きっとそう。
だから、可能な限り研ぎ澄まそうと思って。
おや?っとする感覚を。
2020-12-09

お茶を飲むという行為に、ことばが添えられるYogi Tea.
サロンでお茶を飲みながら、言葉を交わしていた時代の人からしたら、
興醒めだろうと思ったり.
そのとき、そのときの、生をとらえることばを
議論の中で探り合い、見つけ出すためにこそ
お茶を飲んでいたのだろうから.
でも、しいんとした夜に、ひとり
ことばにとらわれるその一瞬は、
また別の暖かさ.
<行為者としてのモノ>(ギギ 2011)について
考えたのはフランスの人類学者・哲学者ブルーノ・ラトゥール(1947-)だとか.
ひるがえって日本の民俗学者折口信夫(1887-1953)は、
日本の古代の神概念としてカミ・オニ・タマ・モノをあげる(折口 1929).
「モノ」が指し示すものは当然違うだろうけど「モノノケ」なんてのは、
まさに、<行為者としてのモノ>を捉えたのではなかったか.
このあたり、じっくりと、またこんど.
さて、もう一杯入れてこようかな.
<行為者としてのコトバ>にとらわれるために.
ファビオ・ギギ (2011)「行為者としての「モノ」 ──エージェンシーの概念の拡張に関する一考察──」『同志社社会学研究』 15:1–12.
折口信夫(1929)「霊魂の話」(『民俗学』第一巻第三号)折口信夫全集刊行会編纂(1995)『折 口信夫全集 3』中央公論社、pp.248-263.
2020-12-05
もうしってしまったの
「あ」が「あ」だって
それをわたしがおしえたの
「あ」が「あ」だって
おそろしいことをしたものね
「あ」は「・」でも、「ー」でも、
あったかもしれないのに
・・・
あぁ、これで、
あなたのせかいはもう、
ぶんせつされてしまったかしら
ひらがなのおとをたよりに
・・・
おそろしさにかたんして
こころではもう、
つぎのことたくらんでいる
こまったかあさん
・・・
「あ」が「あ」ではないことを
それをわたしがおしえるの
「あ」が「あ」ではないことを
おそろしいことするものね
「あ」は「・」でも、「ー」でも、
あるかもしれないなんて

2020-11-26
この講座を受講できるのは、絶望している人だけです。(絶望していない人は速やかにお帰りください。)
この講座では、絶望していることへの価値判断は行いません。(それはご自身で、すでに嫌でもやられていることでしょうから。)
ここでは、絶望していたかもしれない作者が書いた本を輪読します。
本講座を開講する目的は、絶望している「わたし」の可視化、文字化、多元化です。
したがってこの講座は、受講者の絶望を癒すものではなく、講座案内人にはそのような能力もスキルもありませんので、期待しないでください。
各回の輪読書籍は以下の通りです。
なお、選書は講座案内人の独断ですので、選書内容と「絶望」の濃淡はご自身で判断してください。
毎回の講座では、ご自身の考察を読み上げていただきます。
本文全体についての所感でも、本文中で気になった箇所を取り上げて考察を付け加えるのでも、何でも構いません。
ただし、必ず1度は何かを発してください。(ことばにならない音であっても。)
10週を終えたのち、ご自身の「絶望」について、1つ(以上)の書籍を取り上げて批判的に考察し、
A4で5-10枚にまとめて提出してください。
それでは、絶望講座をはじめましょう。
本講座では扱わなかった本:
(この講座はフィクションですが、紹介した書籍は全て実在のものです。)
其処に在るてふ事の不思議さよ
実にひれ臥して祈らんか
されど彼は答へはすまじ
実に只描け
在るてふ事を解き得る迄
(1918, 関東大震災で焼失)
